フェラーリF1の黄金時代を支えた、BBSホイール設計者の挑戦。

マグネシウム鍛造ホイールで軽量化を実現したBBSは、挑戦と革新を続け、フェラーリの勝利を支えてきた。技術革新の裏にあるエンジニアの情熱と挑戦、そしてフェラーリというブランドへの深い想い。その物語を紐解く。

 F1ホイールは、2022年シーズンからBBSがワンメイクサプライヤーとして供給を続けている。象徴的な7本クロススポーク、18インチのそれは、ほとんどいつもベールに覆われていて明るみに出ていない。だが歴史を紐解いてみると、BBS製ホイールは90年代初頭からフェラーリF1チームに全面供給され、数々の輝かしい戦績を支え続けてきた。フェラーリ用ホイールの開発設計に携わったBBS Motorsport社 Roman Muller氏に当時を振り返り、語ってもらった。

 時は1992年に遡る。日本BBS(当時)、およびBBSモータースポーツは世界初のマグネシウム鍛造ホイールの開発に成功、フェラーリに直接コンタクトして、自社製品をアピールしようとしていた。

 「現行ホイールよりも10%の軽量化に成功すること」

 満を持して持ち込んだのだが、フェラーリにからはこんな条件が出されたそうだ。

 「フェラーリに私たちをサプライヤーとして認めてもらうためには、どうしてもこの条件をクリアする必要がありました。しかしこれはほぼ実現不可能だと考えられていました。当時のホイールは、既にイタリアのボローニャ大学によって繰り返し最適化が図られていたからです。私は情熱と野心に溢れた若いエンジニアとしてこの仕事を任され、結果を出すために奮闘しました。そして最終的に12%の軽量化を達成したのです。でも今のように市販の計算ソフトもない時代ですから、大変苦労しました。それにフェラーリのデザイナーとデータをやり取りするのでさえ、FAXとマラネッロに出向いて実際に会うことしか方法がなかったので、相当な労力を要しました」

 ミュラー氏は当時をこう振り返る。努力を費やした甲斐あって、12%の軽量化を実現したホイールをテストしたフェラーリは、BBSのホイールを採用することに決定した。そうしてBBSは、2012年まで途切れることなく、フェラーリのホイールサプライヤーとして彼らを支え続けてきたのである。

 1999年にはさらに革新的な出来事が起こる。非常に特殊なマグネシウム合金を手に入れたBBSは、それを鍛造し、フェラーリF1用に史上最軽量のホイールを開発することに成功した。フロントホイールの重量は、わずか2.9kgという驚異の軽さだったそうだ。これは92年に出された条件から比較すると、20%以上の軽量化を実現したことになる。

 「テスト用に制作した1セットを、フィオラノ(フェラーリ所有のテストコース)で行われるテストウィークに持ち込みました。ドライバーはミハエル・シューマッハ。彼が自ら、従来のホイールとテストホイールとを比較してくれました。フェラーリのエンジニアとミハエルは、0.2~0.5秒改善されたラップタイムが信じられずにいたようです。何度も何度もテストを繰り返し、私には何も言わずに建物の中に入っていってしまいました。一体どうなっているのか、私は何も分からないままずっと待っているしかありませんでした。2時間程経った時、突然エンジニアが近付いてきて電話を手渡されたのです。電話の相手はロス・ブラウン(当時のフェラーリF1・テクニカルディレクター)でした。彼はこのホイールを、次のレースや予選からすぐに使えるようにしてほしいと、私に言ったのです」

 それは胸の踊るような申し出だったが、なんにせよまだ1セットしか完成しておらず、残念ながらすぐに叶えることは難しいと判断された。しかし翌シーズンにはそのホイールがBBSからフェラーリに届けられ、以降3年間にわたって供給する契約が結ばれた。ミハエル・シューマッハは、このホイールとBBSが供給した他のホイールで、2004年までに5回もワールドチャンピオンに輝いている。余談ではあるが、ベネトンでの2回を含めると、BBSホイールが彼にもたらした勝利は7回にもおよぶそうだ。

 BBSホイールがフェラーリにもたらしたのは、勝利だけではない。安全性と耐久性の向上にも大きく貢献した。以前は400kmほどでホイールが交換されていたが、航続距離を3000kmにまで飛躍的に伸ばすことに成功したと、ミュラー氏は述べている。

 しかし開発者としてミュラー氏が重ねてきた日々は、私たちが想像もつかないような苦労の連続であったようだ。当時の技術と知識でホイールを開発すること、そしてそれまでホイールに使われていなかった新素材を開発することは大きな挑戦であり、彼にとって印象に残る出来事も数多くあったという。

 「99年に入手した特殊なマグネシウム合金は、レース中に負荷がかかると直径と幅の幾何学的形状がダイナミックに変化することに気付いた時には、とても興奮しました。いわばレース中に、鍛造でしか実現できないしなりが生まれました。それが私の印象に一番残っているシーンですね。開発したホイールで迎えた最初のF1シーズンは、私はいつもホイールが故障して事故を起こすのではないかと不安でたまりませんでした。最後まで故障せずに走り切るたびに、少しずつ気持ちが落ち着いていきました。時には、タイヤかホイールか、どちらに起因するものなのか分からない故障もあり、レース後の月曜日までチームからの連絡を待たなければならないこともありました。待っている間に爪(を噛んでしまって)がなくなってしまいましたよ」

 38年間エンジニアとして歩み続けてきたミュラー氏にとって、フェラーリとはどんな存在なのか。最後にそれを尋ねてみた。

 「フェラーリは、その名前を聞いただけで、フェラーリのエンジンサウンドを聞いた時と同じような、鳥肌が立つような感覚を覚えます。純粋な感情そのものです。マラネッロの雰囲気全体がフェラーリで、街角のどこにいてもフェラーリの息吹を感じることができるほどです。街の人々も、エンジニアも、皆フェラーリを愛しているのが伝わってきます。こんなにも人々が強く共感しているブランドを、私は他に知りません。この想いは、私や、BBSにいるクルマを愛するすべての人にも伝わっています。私たちはフェラーリを想い、彼らのサプライヤーでありたいと強く願っています」  「我々は速い車を開発するために車を売る。そしてそれは美しくなければならない」と述べたエンツォ・フェラーリの言葉がある。この哲学に、マグネシウムホイール鍛造技術をもって寄り添い続けてきた、BBSの姿が見えた。

写真=中島仁菜 文=上之園真以 問い合わせ=BBSジャパン 03-6402-4090 https://bbs-japan.co.jp

初出:『MOTORIST vol.3』(2024年12月16日発売)
※内容は発売当時のものです。掲載にあたり一部加筆修正をおこなっています。

BBSモータースポーツは、BBSジャパンと同じグループに属する企業であり、両社の協力関係は長年にわたる。

スクーデリア・フェラーリが使用したF1®用13インチホイール。F1ホイールの開発や設計は主にBBSモータースポーツが担っており、BBSジャパンは鍛造とフローフォーミング技術によって鍛造ブランク加工を行う。

ブランクに、旋盤加工やフライス加工などを施工して、最終的なホイールとして仕上げていく工程は、BBSモータースポーツのファクトリーで行われる。

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