受け継がれていく哲学と技術とが、最前線で戦うホイールを作る。

F1からスーパーGTへ舞台を移し、BBS製ホイールはチーム・ルマンが送り込む296 GT3の足元を支える。進化を続ける技術と受け継がれる設計者の魂は、どのように性能向上に貢献しているのか。開発の舞台裏に迫る。

 モータースポーツの最高峰であるF1でのフェラーリとBBSとの協力態勢は途絶えたが、日本ではスーパーGTで再び黄金タッグが活躍している。2002年から全日本GT選手権に参戦している老舗チーム、チーム・ルマンが2024年シーズンからフェラーリ296 GT3を投入。そして、その足元には、BBS製ホイールが装着されているのだ。F1からスーパーGTに、イタリアから日本へと舞台は移したが、BBSが培ってきたエンジニアリングはしっかりと継承され、進化を続けている。

 チーム・ルマンは前年までアウディR8 LMSで戦っていた。リア寄りの前後重量配分であるR8では、タイヤの扱いに苦労する場面もあったし、パワーウエイトレシオが高いマシンのほうがBoPの変化にも対応しやすい。勝つためのマシン変更であるのは当然のことながら、その可能性を少しでも高めるべく、チーム・ルマンがBBSジャパンにホイールの開発を依頼したのが、2023年12月のこと。翌年3月、鈴鹿サーキットで行われたテストに試作品を持ち込み、実際にマシンに装着し、ドライバーがサーキットで試した。正式に採用が決まったという報告を現場から受け、安堵したと振り返るのがBBSジャパン 開発本部で本部長を務める村上貴志さんだ。

 BBSジャパンもFIA-GT3車両のホモロゲーション・ホイールの開発・生産を担うことがあるため、その完成度の高さは誰よりも知っている。ホイール交換の狙いとして考えられるのが、ばね下重量の軽量化である。サスペンションストロークがしやすくなり、タイヤとホイールの追従性が高まる。さらに回転部の慣性モーメントが減少することで、ロードホールディング性の向上や加減速時のエネルギー消費を抑える効果が期待される。ところが、スーパーGTの場合、ホイール交換は認められているが、元々装着されていたホイールより軽量化されたものを装着するのはNGなのである。では、コンマ1秒単位の速さを競い合うモータースポーツの世界において、一体どのように、ホイール交換によりパフォーマンスをアップさせるのだろうか。

 「ホイールは軽ければよいというのは過去の考えです」

 と村上さんは断言する。まず、軽量かつ高剛性であること。変形やエア漏れを起こさないためにも、これは大前提だろう。BBSホイールの場合、そのうえ靱性も兼ね備えているという。入力による変形を抑える力を剛性と呼ぶのに対して、入力による変形への粘り強さを靱性と呼ぶ。衝撃を受けたらホイールをたわませ、いなす力だ。少し安易になるが、しなやかさとも言い換えられる。

 「さまざまな入力に対して、剛性と靱性のどちらを使うのか。それがうまくマッチすると、サスペンションがよく動き、タイヤのトレッドがしっかりと使えるようになります。その結果、タイムアップへとつながるのです。テストをしたドライバーからのフィードバックを受けて改良することもありますが、今回の場合はいいものが出来上がったのだと思っています」

 限られた時間の中で純正ホイールを上回る性能を獲得することは、決して簡単ではない。そこで、シミュレーター上でさまざまなパターンを試すのである。

 「簡単に説明すると、ひとつのホイールの中で、剛性と靱性のパラメーターを割り振っていきます。どこに肉を盛り、どこを削るとうまくいくのかをシミュレーションします。これまでの経験から、その引き出しをたくさん持っていることが我々の強みです。もちろん今回の開発でも知見は蓄えられましたので、今後の開発に生かされていくと思います」

 F1やNASCARでのワンメイク供給を筆頭に、世界中のモータースポーツで戦ってきた経験が生かされたことは言うまでもない。さらに、村上さんはホイール設計者としてキャリアを歩んできた中で、BBSモータースポーツのローマン・ミュラー氏にも大きな影響を受けているという。

 「私にとってローマンさんはホイール設計の師匠のひとりです。彼から教わったことのなかでも特に大切にしているのが『ひとつのものを見るな』ということ。剛性と靱性だって、どちらかに偏ってはいけない。あるいは、いまのアプローチが正しいと信じて、設計を進めてみると、思わぬところで落とし穴が見つかり完成にいたらないことがあります。そんなときのために、別のアプローチも用意しておく。なにかひとつのことにとらわれてしまうと良いプロダクトは生まれないのです」

 ひとつにとらわれてはいけないという教えは、ホイール設計の哲学そのものと言えるだろう。村上さんは、数値化できる要素だけでなく、形には残らない感覚や知見も含めて、次世代に継承していきたいと願っている。その情熱と設計者の魂は、マラネッロの厳しい要求をクリアし、時代を超えて今もなお、サーキットで跳ね馬の勝利に大きく貢献している。

写真=南 博幸 文=編集部 問い合わせ=BBSジャパン 03-6402-4090 https://bbs-japan.co.jp

初出:『MOTORIST vol.3』(2024年12月16日発売)
※内容は発売当時のものです。掲載にあたり一部加筆修正をおこなっています。

チーム・ルマンの296GT3には第3戦からBBSホイールが装着された。組み合わされるタイヤはアドバンだ。

デザインするにあたっては、性能はもちろん作業時の持ちやすさなども考慮されているという。

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